怒髪天

2002.7.14(SUN)/札幌ペニーレイン24 【札幌犬式】

朝から 物凄い雨。
何の雨だろうか。昨日はあんなに晴れていたのに。
待ちに待ったこの日、楽しみすぎることに間違いはないのだけれど、ある意味、聖地に向かうような神妙な感慨があったことも事実なのだ。
たぶん、そっちの方が自分を大きく支配していたに違いない。

昨日、伊丹から札幌へ向かう飛行機が新千歳空港の上空へさしかかった頃、
目の下の雲が切れて窓の下に何ともいえない北海道独特の風景が広がり始めた。
深い緑をたたえた豊かな森の連なり、几帳面に区画された、光をはねかえす程に明るい黄緑色の畑や田んぼ、パズルのように隙間なく並ぶゴルフ場。
それらが石狩平野いっぱいに広がるのを見た時、「私はこの土の上で生きる人間なんだ、ここが私の居場所なんだ」という想いがふとよぎった。
そして、この大地が産み育てた怒髪天が今日、この土の上にいる。

私自身、本当に久しぶりのペニーレイン。
実家から歩いて来れる所にあるこの場所に数々のバンドがやって来たけれど、今日は遂に怒髪天がやって来るのだ。
整理券をもらう為に(整理券もらうなんてことも実に久しぶり)早めに到着すると、この雨なのに既に10人ぐらいの人が雨を避けて2階に通じる階段に座って待っていた。
開場15分前に集合して入場を待つ。
こんなに早めに並んでいるにも関わらず、他の土地に比べて怒髪天Tシャツ着用率が少なく、見た目でやる気120%!!みたいな人が少ないことがわかる。その理由はたぶん、
@ライブが少ないA基本的に恥ずかしがり屋Bどこよりも札幌は最終日が多く売り切れが多いCそんな土地柄(笑)
もっと札幌にグッズを!そしてもっとライブを!

いやいや、本当に久しぶり。
このロビー、ホールに繋がるちょっとらせんになった階段、このドリンクカウンター、そしてこの広さ、両サイドのスピーカー、そしてこの柵。
まじまじと眺めながら、最前列、ほぼ真ん中にたどり着いた。

ステージの上に、何か気になるものがある。
増子さんのドリンクと思われるものが黒いタオルのようなもので覆われている。「髪」のような文字が見える。
なに?!
もう少しすると、運転番長が上原子さんのマイクスタンドに黒地に白文字で「怒髪天」の文字がクッキリと浮かび上がるタオルをかけて行くことでその存在が明らかになる。
話題騒然。ニューグッズかなんて思う前に「札幌の有志が作って贈ったものに違いない」という確信でいっぱいになり、その場が収まる。
というか、収めてしまう。
しかし、何とまさかこれがニュー公式グッズだったとは。
ライブ後、「私達は次に何処かで買えるさ」という気持ちから、買うの迷ってたお兄ちゃんに最後の1枚を「買った方がいいよ!」などと強く薦めて完売。
だって、もう手に入らないとは思わなかったんだよ〜(涙)。

後ろを振り返るたびに、人と人との隙間が無くなり一番後ろの壁が見えなくなる。
空間が埋まるにつれ、怒髪天を待ち受けるすべての準備が整っていく。
7年ぶりに発表された渾身のフルアルバム「武蔵野犬式」を携えたツアー最終日が、故郷の丘札幌で、今始まる。

「欠けたパーツの唄」。
「武蔵野犬式」が発売されてからのライブ・今回のツアーは、どの地でも1曲目は必ずこの曲。
怒髪天とつながる一人一人に漏らすことなく伝えたい唄だと、一番最初に聴いて欲しい曲であると心の底からこめた意味なのだろう。
再び怒髪天で歩き始めた時から、過去にはあり得ないぐらいに心を開き、未知のことも切り開き踏みしめてここまで来た。
そして今の増子さんが、今の怒髪天が在るのだ。
他の誰でもない、自分達に逢いに来てくれた人達と逢うため、「逢う」だけじゃない、お互いに魂の一部になり得るために。
色んな音楽に触れ、色んな音を手にし、色んなライブに足を運び、そしてここを選んでたどり着いたたくさんのパーツ達。
これは偶然ではない。今までのその時間、道程はここに立つためにあったはずだ。
俺は逢いに来たんだ、おまえ達もそうだろう?!
「だけど少しだけ扉を開いてみた 勇気を振り絞り踏み出したんだこの一歩を」
故郷を後にし、それを探し続け、いろんなところを歩いてまた故郷の土を踏みしめた。
強く強くマイクを握り締め、歯を食いしばるように絞り出すこの言葉が、強く強く痛い程に心に響く。
でも此処には留まらない。まだまだ探し続けるから。
ここに立つべくして立っているステージの上と下の必然が、お互い探し当てた存在に向かって手を伸ばし合う。
そして、届く。届く。

「泪ヶ丘に立つ男」。
「俺は故郷のこの丘に登り あの頃の俺を探す」
探していた。燃えるような瞳青春の滾り、熱い風に吹かれてた自分を。
「どこで見失った・・・」右手で視界を遮る。そのポーズを見るのがとても辛い。
そうする姿を見る度、そんなこと言って欲しくないと私の心が泣く。
そこにいるから。私の目の前にいるから。
あの頃と同じ風ではないかもしれないけれど、間違いなく目の前で熱い風に吹かれているのを私は目撃しているのだから。
それと同時に、自分の中にある怯えた心が震える。
自分もあの頃の自分を失っているのではないのか?それを見抜かれているのではないのか?
「あの頃の俺は もういない」
吐き捨てるように、振り切るように叫び、背中を向ける。

怒髪天のライブはMCも非常に楽しいが、例えお腹がよじれる程面白かったとしても決してMCでの笑いを長引かせてはいけない。
なぜなら、アルバムの1曲目「蒼き旅烏」。
この曲、ライブではタイコ2つの後にいきなり熱唱ゾーンに突入するからなのである。
男とは、泣いてはいけない生き物だから、辛い時こそ笑顔だから、涙は見せずに肩で風を切り蒼き痛みを抱いて走れ。
「行き詰まってても、グッとくいしばって行く道行くよ、1度や2度のシクジリなんかじゃくたばりゃしないよ。」
この曲を大声で歌うことが、目の前で歌っている増子さんへの私の誓いに、既になりつつある。
それは、怒髪天と共に旅を続けるよ、という誓いでもある。

「NINKYOU-BEAT」で、右手を前へ差し出し頭を下げ仁義を切る。
次のフレーズで顔を上げ、世の中すべてを睨みつけたような、なのに透明すぎるが故に底の見えない眼光をこちらへ向ける。
どこも見ていない。自分の腹の底を見据えているようだ。
増子さんの目から目が離せない。とても、とても長い時間に感じた。
鋭い言葉が放たれ始めると、その危険すぎるスリリング感で時間などすべてが一瞬に吹き飛んだ。

「やっとできる。」「この曲はね、今のところ葬式でかけてほしい曲。」
渾身の力を込めて振り絞り、擦り切れてしまいそうなまでにギリギリと唄いきる「クソったれのテーマ」。
そしてそのまま「サムライブルー」。
息つく暇が無い。呼吸を忘れる程に力が入る。泣き、唄い、叫び、握りこぶしの内側が痛くなる。
胸のまん中に直撃で入ってくるこの2曲の魂の塊で許容範囲がオーバーし、ハートが破れそうだ。この胸の痛みはそのせいなのか。
「一番新しい大切な曲と、この曲でまた始まったのと、大切な曲を2曲続けて聴いてもらいました。」
と語る上原子さん。その奥で増子さんはひざまづき、固まっていた。

上原子さんのMC。「札幌のワンマンは何年ぶりかな〜。」
たぶん1995年の年末以来なので7年ぶりです。たぶん。
私が腰の手術、退院直後でさすがにカウンターアクションは無理だろうと断念したライブ。
そして坂さんのご当地ネタ。
「昔、イカ釣船に乗ってました。・・・本当です。」本当っぽい〜〜!さすが坂さん。
メンバー皆、時折、普段ステージ上ではほとんど見せない自然な笑みを、唄の合間にいたずらっぽく見せる。
増子さんが「同級生が来てるからちょっとやりづらいんですけど」って言ってみたり、清水さんが客席にからかうような声かけられて声出してマジ笑いしたり。

ラーララーラーラーラララーで大団円の「サスパズレ」。
顔すら見てない隣の人の手を握ろうかと思ったけど、ちょっとグッタリしてたようなので一度見送る。
真剣な顔をして複雑なフレーズ弾いてる上原子さん以外のみなさんの、これ以上ない笑顔。
会場全体を見渡しはちきれんばかりのその笑顔を見ていると、この時ばかりは、最前列で柵に食い込んでいるよりモッシュの中で大騒ぎしたい衝動にかられる。


当然のようにその場を立ち去らない観衆は、アンコールでメンバーを迎える。そして、
「溜息も白くなる季節に・・・」。
この曲を再び聴くことができるとは思わなかった。
怒髪天が札幌を飛び出した後にこの曲を聴いた時には「なかなかうまく行かずに苦悩してるのかなぁ」と心配し、
それでもなお札幌を思い唄っていてくれることを嬉しく感じていた。
そして今状況は変化し、札幌を飛び出した自分が札幌を飛び出した怒髪天と故郷札幌でおちあい、この曲と同じ想いを抱いて聴いている今この瞬間がある。
やはりこれは必然なのだと強く確信する。
この曲を、再開後初で、しかも7年ぶりのアルバム発売ワンマンツアーの札幌という今日この時にこの想いを抱いて聴くために、
今までの私の道程があったのだ。
雪のあたたかさなど、雪の積もる土地に住んでいる人にすらわかりづらい。そこを離れて初めてわかるものなのだ。
一見クールに見える札幌の人独特の温かさも、その中にいてはわかるまい。
たくさんのその人達を目の前にして「雪の無い街で知る この街の人のあたたかさ」と唄う。
温かいんだよ、土も雪もあなた達も。気づかなくてもいいよ、自分はわかってる。
それがあってこそ存在している。
痛いほどにこの曲を感じ、どうやっても涙が出てくる。ステージ見逃すのは勿体無いから顔を上げたいのにそれができない。
マンガみたいに右腕で涙や鼻水を拭きながら顔を上げたら、増子さんの目も確かに涙で光っていた。
体中を振り絞ってこの土地へ向かって唄い上げる増子さんから目を離すことができなかった。
涙も鼻水も出したまま、曲を噛み締め、想いを噛み締め、増子さんを見つめ続けた。

「しんみりじゃなくて盛り上がって終わりましょうか」「情熱のストレート」。
涙で光った目もそのままに、嬉々として高々と振り上げられるたくさんの拳。
そう、この曲がなければ始まる訳も終われる訳も無いのである。

再び大観衆によってステージへ呼ばれる。
「もう、これ以上やったら死ぬ。」で「美学」。
清水さんまでもがこの広い溝を渡り柵に足をかける。その反動でストラップがはずれ、モニターに片足状態。
「みんな大好きだ!!」と叫ぶ清水さん。
次の曲に行かなければならないのにストラップがなくて探し回る清水さん。ほらほら、そこだよ。
「あ〜、こんなところにあった。」指差しジェスチャーのパントマイム状態でやっと見つける。良かった良かった。

「星はあるんだよ。見えてないのは見ようとしてないだけだ。絶対ある。」「星に願いを」。
東京で一度は星を見なくなり、再び探し当てることができた希望の唄。
やっと涙の乾いた人々の頬に、もう汗だか涙だかわからない水滴が流れる。
そして、歌声だか怒号だかわからないダミ声が響き渡る。

精神力、体力すべて出し切った怒髪天に、まだ更にアンコールの声がかかる。

「もうやる曲ない。やり尽くした。」最後に万歳三唱。
汗は分け合っているものの、顔さえ見てない隣の人の手を有無を言わさず握って万歳三唱。

「俺達が今までやって来たことは間違いじゃなかった。頑張ってきて良かった」。増子さんが言った。
かつて札幌で見ていた人達はさぞかし驚いたことだろうと思う。
この爆発的な勢い、スリリング感に底力、そして今も変わらぬ噴き出す魂と熱い情熱に。
もちろん、ものすごく頑張ってここまで来たという事実、正しい道に誠実に歩いてきた道程も間違いなくその目に心に映ったことだろう。
そして届いたことだろう、さらに信じる道を走り続けるよ、見ていてくれよと言う声も。

終演後はピッタリと止んでいた雨。
「星はあるんだよ。見えてないのは見ようとしてないだけだ。絶対ある。見ようとすれば星は見える。」
それをこの場で証明するために、札幌の空に雨を降らせ、そして星を見せたのではないのだろうかと思えた、力強い夜。
そしてこの夜から、まだまだ続く旅に向かって歩き出すために、まだ少し濡れた路面に一歩を踏み出すたくさんの人々がいた。
今日も、ありがとう。