五月の雨
最近では五月にしか聴かれなくなってしまった、貴重な曲。
五月に上京した時の、その想いを映した唄だという。


こんな風景を思い出す五月がある。

美しい桜もすっかり咲き終わり、緑が萌え、一雨ごと夏に近づいている、そんな頃。
ようやく、この見慣れぬ街の色や音や匂いに慣れ、目の前の
光景が一つ一つ、動いて見えてきた。
それでも自分はいまだにこの風景の半歩外側。
ここでやっていくんだと、窓の下に見える隣の家の瓦屋根を眺めて覚悟した夕暮れ。
偉そうなわがまま言って飛び出したのだから、飛び出したのだから・・・。

頑張れ、自分。それが本音の五月だった。


自分が唄った強がりを強がりとして、仕立て上げる為に懸命な日々。
「隣に世話好きなおばちゃんが住んでてさー。」
「こっちの満員電車なんて、そっちの比じゃないよ。」
「住めば都とはよく言ったもんだね。近くにいい店も見つけたし。なかなかいい所だよ。」
「大丈夫、大丈夫。元気でやってるから。今度、暇みつけて帰るよ。」
誰にも判られちゃいけない、やせ我慢。
決めたから。
常にまつわりつく焦燥感、何か定まらない浮遊感、突然襲い掛かる空虚感。
こらえ、こらえて、意地との狭間でやっていくんだと。

街よ、オマエは泣いているのか。
俺は泣かないよ。


「大人になるにつれ 愛想笑いも覚えたなんて 君には言いたくない」

真っすぐに、自分の真実に向かってただひたすらに生きていた頃。
それを誇りに、媚びるぐらいなら死んでやるとさえ言ってしまえた、そんな頃を共に生きた君。
君は軽蔑するだろうか、こんなことしている自分を。
そんなことしてまで生きたいのかと、非難するだろうか。
違う。
とんでもない。
生きるために、愛想笑いをも身につけるしかなかった戦いに挑み、
そこまでして生きる道を選んだあなた
を、私は心から誇らしく思う。
ガッカリするどころか、そんなあなたを愛しいと思う気持ちで溢れる。
それを言えずに戦い続けるあなたのことを、ずっと此処で見守り、見届ける。
決して恥ずかしいことじゃない。決して後ろ指さされることじゃない。
生き抜こう。

私も愛想笑い身につけて、明日も戦う。


夏を呼ぶ、生温かい雨。
五月、この街は体温と同じ温かさの涙を流すのだ。
誰にも言わない強がりの裏、伸ばしきれない故郷への手、失望させてしまった不甲斐ない自分。
それらを思い、体いっぱいに溜まった涙を。
あの娘の真似をして泣くんじゃない、あなたの代わりに泣くんだと。


2004.5.28