Jeepers ga-ga 9th.


つかず離れずの崩壊

MAYBE TOMORROW

as tears go by

WILD&VAIN

VIDEO CLIP 切り裂きジャック

STAR CHILD TOUR

新宿ロフトの夕べ

SPEAK EASY

編集後記


つかず離れずの崩壊

例えばとても小さいライブハウス。
最前列で延ちゃんに頭蹴られようが、ショーネンのギターで顔殴られようが、それ程近くにいたとしてもすべてを見たという満足感はない。
ギリギリのところまで近づいてきても、次の瞬間にはパッと引いてどこか違う所を見てる。
最後の1枚のボタンを外しているかと思うと、急にファスナーを上げて背中を向ける。
そこに存在するのはバンドと観客の間の、緊張感という境界線。その線上までは、それこそまとめてかかっていく観客を1人ずつ受け入れてくれるかのような寛容さを溢れさせているが、決して内側に足を踏み入れることを許さない。
バンド内のグルーブ、テンションなどをなどを守るかのように、ここぞという時には境界線を際立たせる。
プライベーツはずっとそれを保ち続けている。「つかず離れず」。
一時期、“ラフなライブ”“ライブ寄席”などと言われたこともあったが、それが「隣のあんちゃん」に成り下がらない所以であり、「ひとなっつっこいのが魅力のバンドである」と一口に言ってもらいたくない頑固さにつながる。

1990年11月2日、東海大学祭、中盤で演奏された「PINBALL LOVERS」。
曲が始まり、歌に入る。すると、延ちゃんが音程を取り逃がしたことに気づいた。立て直そうとしているうちに曲は進み、もう2コーラス目に入るところである。
どうなるんだろうと思った瞬間、延ちゃんの代わりにボーカルをとったのはお吉であった。
困ったなって顔してる延ちゃんと、歌詞を耳打ちされつついつものように楽しそうに歌うお吉。
キーボードが壊れたからお詫びに1曲、ベースがトラブったから罰として乙ちゃんソロ、そういうフォローとは別の、ありそうでなさそうな余裕のその場しのぎ。
マイペースな彼が、とても自然にボーカルの位置についたことはある種の感嘆を呼び、久しく会わないうちにプライベーツに流れていた時間の濃さを提示してみせた。

そして、ついにやってきた。「つかず離れずの崩壊」の瞬間。
延ちゃんは音程をつかめぬまま、そしてお吉は歌詞を把握してないまま。そのままボーカル不在の部分に突入かと思いきや、何百人かの「流行のスタイルは〜君に任してあげるよ〜♪」。そう、観客の大合唱となったのである。そしてその直後の延ちゃんの「サーンキュー」。

全員で声を合わせて歌う、という行為が極端に少ないプライベーツの場合、歌は当然の如くボーカリスト延原達治の特権である。
LET'S G0 CRAZYの「金で買える夢なら、全部買い占めろ」とは違う、特権への介入。
バンドと観客との境界線の内側へ踏み込んじゃった状態。今までは許されなかったそれを、延ちゃんは「サーンキュー」で受け入れてくれた。
プライベーツとファンとが見事に混ざり合った歴史的瞬間。それが「つかず離れず」の崩壊の瞬間。決して忘れることはない。
バンドと観客の「盛り上がろうぜ」といった予定調和的一体感を望まない。そのうえ「勝手に楽しんでください」と言い渡し、観客の連帯をも否定する。
延ちゃんがよく口にする「今日は俺が一番楽しませてもらうゼ」のように一人一人がどれだけ感情を昇華させるか快楽を極めるかであって、すでに誰がライブを引っ張るかなどという問題ではない。
そんなライブ本来の衝動を持つライブにおいて、オーディエンス・コントロールなどという言葉は意味さえ持たない。
時折、超趣味趣味的演奏を繰り広げてくれるプライベーツでは、オーディエンス・コントロールどころか観客がほったらかし・置いてきぼり状態になる場合だってあるのだから。
そのプライベーツのライブでだ、なんと贅沢なことに彼らの演奏を従え、10小節を超えて延々歌ったというのだから歌った自分も信じられない。
「サーンキュー」で歌への介入を笑顔で迎えてくれた延ちゃんの次には、バンドが、連帯した観客を受け入れててくれたのである。
何を喜んでいるんだなどと言わないでほしい。「プライベーツのライブを見にきた一人一人がたくさん」ではなく、「たくさんのプライベーツファン」として受け入れてくれたことがただ単に嬉しかった。

その部分をすっかり観客みんなで歌い終わった後、見事にメロディーを抱き締めた延ちゃんが帰って来た。
このことは特権への不法介入どころか、正しく頑固な境界線を取り払うことを望んでいたかのようでもあった。
しかし、たとえそうだったとしても、それは祭りの夢だったとして消化することにする。
手中に収まるプライベーツなんて望まないばかりか、望んだところで骨折り損のくたびれもうけが目に見えてる。彼らにそんな甘えは許してほしくない。

PINBALL LOVERSで一瞬崩壊し、そしてまた「つかず離れず」は建て直される。一瞬の間垣間見、そして感じたその壁の向こう側の景色は、胸の中で回想されるだけだ。

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時が止まるなら、人間の成長が止まりそしてそこで日々生活 できるなら、私はいつまでも停まろう。一緒に歩いていきたい人さえも停めてしまおう。気が済んだら歩き出せばいい。
しかし、時は流れ続ける。やりたいことがうっすらとでも目
に見えた時や、やらなければいけないことを抱えた時、誰も その人を止めることはできない。同じ時間を一緒に歩いてい ても、そのうちそれぞれが持つ時の流れは変わっていく。
そうか、人を引き留められないのは時が止まらないからなん
だ。そんなことがよーく、よーくわかった時に、 「MAYBE TOMORROW」がよくわかった気がした。何もわかっ てなかった。
“時が止まるなら 君を必ずひきとめるさ”
そんな時、お吉が正式メンバーじゃなくなると聞いた。流れる‘時’に決意した彼と、止めることのできない4人。
JOHNNY THUNDERSが死んだと聞いた。引き留めることをで
きなかったオマエと、止めることのできなかった時が、確かに ここにもあった。ようやくわかったばかりの私に、この現実へ捧げられたRODEO DRIVE TOURの「MAYBE TOMORROW」は痛か った。どうしても止められない時。止められるものなら必ず止 めて、ここを去ってしまうオマエを、自分を残して行ってしま うオマエを引き留める、必ず。
“どうして無理に笑わなきゃならない”
こんなに大切なことをRODEO DRIVE TOUR直前に気づき、そ
のTOURで“おまえ、今頃わかったのか”と言われたような気が する。当たり前すぎてなかなか気づかないこと。だけどとても 大切で、わかってなくちゃいけないこと。私がPRIVATESの曲に よって今やっとわかったことを、延ちゃんは5年も6年も前から わかってたんだから、やっぱりスゴイ。思い焦がれてた
「MAYBE
 TOMORROW」をRODEO DRIVE TOURで聴けたこと自体“間に合 って良かったな”という声にも聞こえる気がするのは私の空耳な んだろうか。

   


   


   


   


   


   


 


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WILD&VAIN
初の五枚目。



●切り裂きジャック

1888年、ロンドン。5人の娼婦が惨殺された“切り裂きジャック事件”。100年余りたった今でも真相が解明されない謎の事件である。
このタイトルには「かこいい〜」だけでは済まされない背景があるのである。
「何故、今“切り裂きジャック”なのか」という疑問を抱きつつも、やはりこの曲、だ。
私の“本能のビート”第一弾。
延ちゃんがさんざんラジオで聴かせてくれたけど、シングル買ってCDセットして、音出した途端にギョギョッ!!ひえ〜、スゴすぎるぅーーーー。もうびっくり。
当然といや当然だけど、やっぱり違う、ノイズだらけのラジオの音とは。
“ギャイーン、ギャギャーギャギャーギャイーン”が、いきなり獣に変化して体の中をかきまわし、私の中の理性とか抑制力とか冷静さとかをこなごなに踏み潰していく。
何度聴いても同じことだ。鋭い目をして飛び掛ってくる。
STAR CHILD TOURのあちこちでオープニング飾って噂まいて、なんとその曲がシングルとはなんとセンセーショナル、やってくれる。そしたら次はアルバムの1曲目。
聴いてみたら何と、ボーカルが大きくなってるわ、ベースもそれにつれて前に出てきてかなり唄った感じになってる。
サビの部分の、歌も歌詞もギターもリズムも一番ぞくぞくする所のベースなんて、ボーカルに沿いつつギターを上回るかのような歌いっぷり。やったね、乙ちゃん。
「特別仕立てのシルクのスーツ
傷ひとつないブルースウェードシューズ
ゾッする程冷たく笑う、あいつが噂の切り裂きジャック」
100年余りの謎を身にまとい、ますます影のあるサウンドがサマになっていってる。鳥肌たつ程ゾッとしながらも、新しいプライベーツの世界にニヤリとすることは忘れなかった。

●いきちがい

いーーーきちがい!!”って叫んでる延ちゃん見て聴いて、「あー、また“詩人延原”の本領発揮だー。本人もやったーとか思ってんだろうな」と思いほくそ笑んでたら、私の背後で業界君のような人が、「“行き違い”と“きち●い”をかけてるんだよね。」などと話し合ってる。
もう、わかったからここで話し合うのやめてよォ、あとから二人だけで話して、とちょっぴりがっかりしてしまった。踊れる後ろの方もいいけれど、マイナス面もあるということで。
「今度のアルバムはラブソングばっかりにするよ。だって世界がこんな状態の時にそういう歌うたうのってちょっとかっこわるいって気がね。」って、湾岸戦争前に言ってた。
しかし、蓋を開けてれば堂々たるこの歌。もうそんなこと言ってらんないって想い、抑えきれなくなったんだな。
煮えたぎる思いがクールに歌われてて余計にずっしり響く。こういうところが好きなんだよ、プライベーツ。
「溢れ返る情報、あやふやな報道・・・」「怪しげな誘惑、案の定犯罪・・・」「危なげな相談、安直な判断・・・」「悪趣味な習慣、暗黙の了解・・・」。
“飛ばせハイウェイ”の「い」シリーズに次ぐ「あ」の韻シリーズ。凄い。まさに“詩人延原”の本領発揮。彼は金田一春彦か。

●恋の一発屋

「ワッショイ、ワッショイ」だの「なんしよっと、なんしよっと」だのといろいろ誤解を招いているビアプリッツのCMソング。(完璧な曲紹介ダ←笑)
壁のように立ち塞がる延ちゃんのギターに、ショーネンのギターがグイングインいいながら絡みつく、そしてそこに強気なお吉のピアノがめいっぱい自己主張。
ドコドコと生々しいドラムが気持ちいいと思えば、ベースはガンガン歌いに来る。そのうえ流血が心配される激しいハモニカまで。
いやいや、すごい音の洪水、プライベーツの王道、なんて贅沢なロックンロール。どこの誰がロックは死んだなんて言うんだろう。信じられないよ。ジョニー・ロットン、反省しなさい。
詞の方は、延ちゃんもこんな詞書くんだ、ぐらいにとどめておこう(←なんて意気地なし。)
STAR CHILD TOURよりも前に披露されていたこの曲はビアプリッツの力なんか借りなくたってすでに大人気だったという。「ワッショイ、ワッショイって曲いいよねー」って感じで(笑)。
でも、あのCM見たって人一人しか知らない、私。

●おまえと二人

もう、言うことないです。最初の一節聴いてもう涙出た。
「あてがあるわけじゃないけれど、どこかへ転がりこめばいいから」
そんなふうに歌ってくれるのはプライベーツだけ。あせらず気ままに生きなさいって。メソメソすんなよ、先は長いって言われても、しかしやっぱり焦ってしまうし不安になってしまう、まだまだな私である。
悪い噂だって信じたくないけど、やっぱり気になる。
でも、「ほろ酔い加減でダンスを踊ろう」。これですべて消化できる気になってしまうのは私が飲んだくれだからってわけだけじゃないと思うんだ。
きれいごととやさしさの押し売りにはだまされない、そんなこと私もしないって思う。
いろんな奴らにいらないこと言われてる人たくさんいる。ブツブツ、ガタガタ、いろんなこと。でも、「ずっとこのまま夢見ていようぜ」って言ってくれるから、自分だってそうしていたいから、そうしていけばいいんだよ。
プライベーツから見られる夢、ずっと見ていたい。プライベーツには、ずっとこんな風にして歌っていってもらいたい。
彼らの歌から教えられることってやたらたくさんあって、この曲でもまた教えが増えたって思ってる。
こんなこと書くとまたロッキンオン・ジャパンなんかに説教くさいとか言われるのかなぁ。

●抱きしめて

遠く耳を澄ませば、幻想的かつ原始的なタイコの響き。目に浮かぶのは聖なるアフリカの大地。
その音はどんどん近くなって、朝焼けが映えるジャマイカの広く青い海に変わり、やがて、燃える意志を持つ大地が生んだ気持ちのいいレゲエのリズムになる。
「何ひとつ望むことが叶わない そんなことしょっちゅうあるぜ」。“やった”って思った。
いつも思ってるのになかなか言えなかった、強気のフリしてる弱み。無理して強がって、かっこつけてることはない。
「おまえと二人」にしても「抱きしめて」にしても、タイトル見るとどっから見てもすごく甘いラブソング。だけど、私は頑固に“違う”と胸を張る。
好きだよ、愛してるよ、だけじゃなく、それで本当に言いたいことを包んでるような気がしてどうしてもそっちを読みたくなる。実際そっちに感動してる。
何がやりたいかわかればいい。そうしたら、自分で信じたことをやり続けるしかないだろう。強い願いのようなもの。
そういうのをそのまま歌ったのが「GET FREEDOM」であり、真のラブソングだったのが「一人ぼっちのバラード」であり、ラブソングに包んだのが「抱きしめて」である、と。
こんな、「一番大切な人にはこんな歌を歌ってあげたい」っていう究極のラブソング、ずっとずっと歌っていってほしいです。
アルバムに1曲の割合で盛り込まれてるレゲエリズムの歌。大量放出されるわけじゃないけどとても大切だってことが痛いほどわかる。
たまらなくジャマイカへ行きたい今日この頃。今度ボガルサの帰りに寄ろう(笑)。

●もどれない

出た。いきなり予告通りのスウィート路線。
延ちゃんやショーネンがスウィート・ソウルに凝っているらしい時からこの曲が登場するのは予想していたが、いつか延ちゃんがアーロンのように裏声で歌いあげる日がくるのかとちょっぴり複雑な気持ちにさせてくれる。
しとしと雨の降る日の夕方、窓ガラスは当然くもってる。熱いココア(ここがちょっぴりお子様だな)を飲みながらこの曲を聴くんです。
きっとまた、「この曲を聴くとあの恋を思い出します」っていう乙女が大勢出現するんでしょう。憎い人達(笑)。
ショーネンのギターが、何かささやいているような、泣いているような、妙に情感たっぷりで郷愁を誘う。ギターとホーンとが男女の会話にさえ聞こえる。
いつの日か、ショーネンやお吉や乙ちゃんやハラさんまでもがファルセットでコーラス入れるようになるんだろうか・・・。

●ビッグ・バイユーの想い出

全然知らなかった「ボガルサ」という街。「気まぐれロメオ」で教えてもらって、この曲で見せてもらった。
延ちゃんが歌う一言一言で、行ったこともないボガルサの街、そこにいる仲間達が目に見える。
ポンコツ車乗り回してる奴等の姿、夜明けまで飲んだくれてる店の灯、無邪気な顔してストリートで踊る子供たち。これはすっかり、ボガルサへのラブレター。
そんな素敵な街へ連れて行こうと歌ってくれるこの歌は、この曲をこよなく愛したオマエ達のこともボガルサの街はきっと歓迎してくれるよ、って言ってくれてる。
必ず一緒に連れて行ってくれて、楽しい日々を素晴らしい仲間達と過ごせる気がする。そんな日がきっと来る。
思わず「すいません」と声を出しつつ3人かきわけて前へ行ったお吉のピアノが鳴った瞬間。
STAR CHILD TOURのあの時からずっとこの先、この曲ではピアノが必ず奏でられる、私の中では。
「俺達がボガルサの名前を有名にするぜ!」「誰も歌わないハイウェイ21を俺達が歌うぜ!」こんなに離れた所で生活していても心はしっかり通じ合ってる。
ボガルサを愛する彼らのハートは、ここまで有名になったこの街の名前が証明してる。いつかあのバイユーへ、私も連れて行ってくれますか。


●CAT FISH

本能のビート第2弾。“本能のビート”って“やらしいビート”と同じなのか、もしかして。少なくとも私の場合はそうであると証明されたも同然だ。
ただの大きさじゃない。誰もまだ確認できていないが、バイユーの主と呼ばれてるほどの大きななまずが沼の底を徘徊している。
たまに飛び上がってはものすごいしぶきを上げてまた沼に戻る。暗闇に、ぎらぎらとした目だけが生々しく光っている。
ハラさんのドラムと乙ちゃんのベース。そしてパーカッションが荒々しさを、ショーネンのギターとお吉の低音のパートが興奮を掻き立て、真夜中のキャットフィッシュの様子を想像させる。
それには当然、冒頭で聞こえる夜の音も一役買っている。
乙ちゃんのベース、すごいかっこい〜。しびれるぅ。それなのに、ああ、それなのに、そのベースラインは延ちゃんが考えたものという。乙ちゃんがんばれ。
ずっと前、まだ髪をたててた延ちゃんが札幌へ来た時なまずの話をして、「いつかなまずの唄を作りますから」と言ってたことを執念深くずっと覚えてた。
「ついにやったな」なんてこと思ったけど、水槽の中のじゃなくて野性のなまず、しかも舞台がボガルサだなんて夢にも思ってなかったよ。

●BLANK GENERATION

前作「IT'S FREEDOM」で“ブルース色が濃くなった”と悦に入って語っていた人に大音量で聴かせたい、パンクへのラブレターである。
ひと昔前、「三無主義」という言葉が流行した頃があった。若者の特徴とされた無気力・無関心・無感動。
へぇ、そうなんだ、なんて人ごとのように聞いてたものだけど、やっぱりいるんだ。
「なんか面白いことないかなぁ」が口癖になってる。文句ばっかりを口に出す。何も自分で始めようとしない。そんな人にはなりたくない、絶対。
誰でもそう思ってるんだろうけど、思ってるだけじゃどうにもならない。
もしかして間違ってるのかもしれない。そんな迷いがあったとしたって「こんな素敵な間違いなら後悔しない」そう思ったら胸張って続けなさい。
そりゃぁ、ものすごい悩みだって抱える。だけどそれがBLANKじゃないっていう証しなら、何も考えたくないなんて言わない。
NO FUTURE、俺達に明日はない。だから投げやりになるんじゃなくって、今ありったけのことをやってやる、っていうのがかっこいいんじゃないの?今さらこんなこと、ダサイ?

●WILD CHILD

本能のビート第3弾。プライベーツの手によって、日本のロックがまだ力強く、毒を持っていた頃の匂いが甦った。
この曲がサンハウスを思わせるのは周知の事実であり、そんな理由もあってこの嬉しさ、胸騒ぎはただごとはなかった。
毒を持ってるだけじゃ済まされない、すごくイヤラシイ。危険と知りつつ引き寄せられる、火に飛び込む蛾のように。しかしその火は猛然と燃え盛りつつもとても冷たい。とても近寄れない。
「この曲のショーネンのギターソロを聴くだけでもこのレコードを買う価値はある」と言いきった延ちゃん、サスガです。
私にはどんな部分だって超貴重だけど、プライベーツをまっるで知らない人には、このギターと“切り裂きジャック”のギターを聴かせたい。
「ロックを知ったきっかけは?」と尋ねられ、「ラジオでプライベーツの“WILD CHILD”のギターをを聴いて。」という少年少女が必ずや現れるであろう。うーん、感涙。
メインの歌に重なり続ける重低音の声。どこか違う世界から見つめられてるようなこの感覚が、曲の危険な魅力に拍車をかける。揺さぶる、崩れる、くだける・・・。
世の中の何事にも動じず、思うまま生きる。
これは人間の核であり、それは文明の発達とともに内包されていった。そう確認させてくれたこの詞の規模はデカい。

●ブルースが聞こえる

どんなシチュエーションでも必ずグッと響く歌。たとえば、私なんかはとても憧れる、男と男にしかわからない尊く綺麗な男心の歌。
何ひとつ言葉にしなくてもわかり合えてた、大切なでっかいものを抱き続けてた。
おまえが聞かせてくれたブルースが今でもそうさせてくれる、そして失くさないように鳴り続けてる。
そんな、実はとても硬派な歌。
形は変わっても、誰にでも「今でも聴こえるブルース」あると思うんだ。
でっかいものを抱えているから怖いものなんて何もない。その、透明でまっすぐで、なくしたくない気持ちに沿った大切なもの。
それを持っていなさいって。なんか、つかみどとろのない抽象的な言い方だけど私にはとても具体的に響く。
ちっとも違うように見えるけど、強いメッセージが込められている。そのメッセージは、何故かとても気高く高尚。そしてちょっとセンチメンタル。
大好きなケイジャン・アコーディオン。ブルースブルースしてるのかと思ったら何と裏をかいたタイトル。
無性に今のプライベーツそのままを感じさせるようなこの歌、是非ともうたってほしい。欲を言えばお吉のアコーディオン入りで。
それが無理なら仕方がない、エレクトーン7級の腕前の私がサポートしますよ。

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VIDEO CLIP 切り裂きジャック


音楽が最高の邪悪だと言われている時代。
彼らは、人目のつかない古びたビルの立ち入り禁止の地下室へ忍び込み演奏を始める。
つい先日も、隣のストリートに面したビルの地下で同じことをしていた奴等が捕まっている。
しかし彼らは今日もここへ来た。誰のためでもない、ただ自分達の欲求を満たすためにだ。
ロックンロールにとりつかれた者にとってそんな危険はものの数じゃない。
一度覚えた欲望を抑えつけることこそ危険だと、どう証明したらいいのだろう。

人形で始まり、人形が燃えて終わる。その間の出来事。
5人立ったらそれっきり、ショーネンが少し動ける程度っていう極度に狭い空間。
その間をぬってカメラが入りこむ。
めまぐるしく動き、決して安定することなく絶えず揺れる画面は、危険な興奮を感じつつ固唾をのんで見入るこちら側の視点と重なる。
すべてをはっきりと映し出さない光と影のバランス、そして色合いと画質が時代を混乱させ、「切り裂きジャック」を呼んでいるかと思わせる。
この狭い空間で演奏し唄う彼らの鋭さが、大きなものの内部にうごめく狂気を連想させる。

そう、狂気。ロックンロールが持つ狂気と毒を呼び起こす。

この後彼らはきっとポリスの手入れに合い捕らえられる。そして私は画面のこちら側で
「We want more Rock'n' Roll.」とつぶやく。
 

   

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 STAR CHILD TOUR

本当に、嵐のように私の目の前を通りすぎて行った彼らは、私に期待以上のモノを残してくれました。
想像を遥かに超えたカッコ良さを見せつけ、あっという間に行ってしまった彼ら。
何がどうだったとか、ここがこうだったとか、細かい所なんてどうでもいいや、とにかくかっこ良かった、ただそれだけのコト。
服装がどうのとか、最近は・・・とか言ってた自分がとてもちっぽけで、つまんないモノだと感じた。
彼らの“愛”をいっぱい、いっぱい、受け取ったような気がした。本当に、こうしてLIVE出来て俺達はうれしんだよーって、全身からにじみ出てた。
勝手な思い込みかもしれないけど、私達に“サンキュー”って言ってくれてるような幸せそうな彼らにつられて、私も幸せでいっぱいになった。
こんな気持ちにさせてくれて、こっちの方が“サンキュー”だ。

昨年、暮れのレコーディングが流れてしまったコト、事務所のコト、いろいろあったけど、あっただろうけど、俺達は幸せなんだよーって、演奏で身体で表現してる彼らを見て世界中のどんなものよりカッコ良く、美しく見えた。カッコ良すぎて涙が出た。
いろいろあったのはあった事。その渦中ではナーバスになったりもしただろうし、頭にくるコトもあっただろうし、がっかりもしただろう。
でも、今こうやって私達の前に現われた彼らの中ではもう消化されてしまった事なんだと、詳しい事などわからないけど、そんな風に思えた。
もちろん、忘れられない事もあるだろうけど。それらを越えたうえでのTOURだったんじゃないかな。
いつもTOURが終わると、あぁ、これで終わりか・・・と虚しくなる。それが、今回は1週間を過ぎてしまっても、幸福感、感動、感激の中に居る私です。この幸せを、みんなに分けてあげたいぐらい。
さすがに、パワステ3daysの初日、バイト帰りの私は駅のホームで電車を待ちながら、ウォークマンでREAL TIME BLUES聴きながら涙こぼしてしまったけど。
今ごろパワステで演ってるんだ・・・と思いながら。
本当に、1箇所すら来れなかった人にすれば、TOKYO以外は全て行けた自分はとてつもなく幸せなのにね・・・。
あんな彼らを観せられてしまったんだもん、こんな風に思ってしまうのも許してほしい。

新曲ばっかりだった今回のTOUR。
今までにない程の、次のレコードに対する期待でいっぱいです。レコード創る前から、次のレコードが1番のお気に入りになる気がする・・・そんな風に言ってしまえるような新曲達でした。
《怒り》と《切なさ》が全面に押し出されたカッコ良い曲達の中で、心に残った人も多いであろう、「HONEY〜」(曲順表にそう書いてあった)は、私の胸の中にも深く入り込み広がりました。
何度か聴くうち、「シェリー」のアンサー・ソングのような気がした。アンサー・ソングって言うのも何だかヘンだけど、「シェリー」があって、この「HONEY〜」があるって感じかな。
「お礼です・・・・」という前置きがあって唄われた、チキンジョージでの「HONEY〜」で私は涙を止めることが出来なかった。
続けて唄われた「盗っ人/SONHOUSE」で、身体が奮えた。
今、この場に自分が居ることがすごくうれしかった。本当に、素直に純粋に感動して涙がこぼれて、全身から感情が溢れ出てるような感じ・・・・溢れちゃってたかもしれない。
今こうして書いているだけで、彼らの演奏を、ステージを思い浮かべるだけで、涙出そうになる。
ちゃんと書こうって思ってるのに、こんな風にしか書けない。スゴク、ひどい言い方かもしれないけれど、行った人なら、うんうんってうなずき合って理解り合えるんじゃないかと思う。
彼らに“最高の夜をありがとう”だ。
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新宿ロフトの夕べ 1991.7.17

新宿は暑かった。
たぶん東京中暑いんだろうけど、この新宿ロフトの周りは何か、変に暑かった。
今日私は幸運にもこの中へ入ることができるが、入れない人がたくさんいるらしい。チケットを持ってない人、だ。
私も、今日は当然チケットは持っておらず、なのに4〜5日前に電話で「行く」と即決した友人と来てる。
今回のRODEO DRIVE TOURを、北海道・九州など遠隔地を除きほぼ走破した別の友人と、6月24日の金沢VANVANV4以来、3週間ぶりの再会を果たす。
「大宮と市川、お吉さん来てたんだよー。」「今月のJAPAN見た?延ちゃん相変わらずいいこと言ってるよー」などと、暑さを避けて、車の陰で話す。
しかし、岐阜と札幌の人間が3週間に2度も会えるなんて不思議なもんだねぇ。

人が徐々に集まってくる。しかし、チケットを持ってない人がかなりいるらしい。
リハーサルが聞こえ始める。中も暑いせいだろう、階下のホールへつながるドアが開けっぱなしなのでその音ははっきり聞こえる。
一緒に来た友人もチケットが入手できないまま時間が過ぎ、開場が始まる。
そんなに幅のない、割りと縦に長い新宿ロフトの内部。そのステージにはやはり4人分のセット。随分と近いセンターのマイクを感慨深く見つめていると、友人が入って来た。
そばにいた人のチケットが余っていたらしく譲ってもらえたらしい。良かった。
何となく落ち着かず、さわさわと時を過ごす。何度も足を運んでいるライブで知り合いになった人同志が会話を交わす。
BGMが思わせぶりに止み、それにかぶさるように「ボガルサ・ブギウギ」。RODEO DRIVE TOUR最終日・・・・・・。

「今回のツアーは、ジョニー・サンダースへの弔い合戦だったわけだ。」
いつになくたくさんのものを背負ったプライベーツだった。
「弔い合戦」。懐かしんで哀しんでジョニーの曲を演奏するだけじゃない。「合戦」には意味がある。
すぐ目の前に、これでもかと言わんばかりにギターに右手を振り下ろしている延ちゃんがいた。
この俺達が遺志を引き継ごうという確かな決意をみなぎらせ、その場面を私達に見届けさせてくれようというのがその意味のすべてであった。
デビュー前、ロックンロールを育んできたこの新宿ロフトで新たな決意を表明する。この場所が証人であること、それもこの決意に磨きをかけている。
RODEO DRIVE TOURはこの日で終了し、ひとつのツアーと同じ比重にまで膨らんだ弔い合戦も同時に一度は句読点を打つ。
しかし終わることはない。
大きな決意を抱いたロックンロール・ソルジャーは、まだまだ戦い続けるのである。

このツアーでもう1つ、プライベーツが掲げ続けたものは「4人組プライベーツへの挑戦」。
各地のライブは「ボガルサ・ブギウギ」で幕を開けた。そして、「いつでも帰ってこれるようにピアノはここであけておくよ」の言葉も実に正しかった。
延ちゃんが片時もギターを離さず一見ギターバンドのようだったにせよ、実際ギターがやかましくなったにせよ、ピアノのスペースが良くも悪くも聖域のように保たれている。
しかしそれがふんぎりの悪さ、どっちつかずの状態と感じられたのも否めない。
ピアノの音をまぶたの奥で聞きながら演奏される曲の中に、唐突にドラムソロが取って代わったりする箇所が出現する。
バンドが音を組み立てるということを考えれば当然なことかもしれないが、私にはその度「えっ?えっ?」という戸惑いが募った。
「ガッコーのピアノの音は聞こえているかい?」って言ってるのにこれじゃあ聞こえるわけないよォ、とさえ思った。
もっと強気に「4人組プライベーツ」を突き付けてくれていい。そりゃぁ、脳裏で鳴ってるピアノの音を聞き、そのリズムに体を揺らしたりする。
そうしてる延ちゃんがたまらなく好きだったりもする。だけど、一度ガツンと「違うんだよ」ってところを見せてくれた方がすっきりする。
「ピアノの穴をどう埋めるか」ではなく、「4人組プライベーツをどう固めるか」。そしてお吉が来た時にはなおさら良くなればいい。
こう言ってても必ずまた、あーあ、あんなに心配して取り越し苦労だった、って時がくる。そういう確信をくれたライブでもあった。

4人のロックンロール・ソルジャーが大きな標的を持って帰ってきたこの日、「Keep On Running」が演奏された。
ライブ終了直後、RODEO DRIVE TOURを走破し終えた友人と顔を見合わせるなり同時に発した言葉が、「Keep On Runningやるか〜?!」。
私にとって昔から他ならず思い入れがあり、タイトルからしてプライベーツの気持ちを表してるようで意味ありげなこの曲が、この日演奏されたことをひどく喜んだのは私だけじゃなかった。

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SPEAK EASY

私がプライベーツと出会って3年経ちました。デビュー以前からのファンの人達はまだ甘いって言うかもしれない。私もそのから知っていたら本当に光栄なのに、知る機会がなかったのだから、仕方ない。
3年なんてあっという間に過ぎてしまったなぁ。ついこの間、「気まぐれロメオ」をTVで歌ってる延ちゃんを見て騒いでたと思ったのに。プライベーツも成長したなぁと感じる反面、ステージ上での笑顔は変わってないやねぇ。いつも私達に最高と言わせるステージを見せてくれる。これも私がFANでいられる一つですね。たまに外の空気も吸ってみたくなって、1歩出てみたりもするけど、やっぱり自分はここの場所が居心地いいから戻ってきちゃう。この分だと、彼らがジジィになってもずっとスキでいられる自信あるゼッ!                                                      (MICA/投稿)
2度目のBOGALUSAから帰ってきて、ラジオ、雑誌、LIVE・・・ろんな形で、彼らからあふれんばかりの情熱を感じていた。  「言葉じゃ言えない」って言葉から、伝わってくるもの・・・音にならないsomethingが、5人の音から伝わってくる。音に入ってる。
アルバムを手にして、ほんとにガーンときたもの。ラジオからじゃわからなかった夜の音もしっかりきこえる。1枚のアルバムが、こんなに泣きたくなるほど(はじめてビッグバイユーの想い出をきいたときは泣いた)うれしくさせるなんて。ホントに言葉じゃ・・・なんだけど、心の中が感動でいっぱいで!そしてこんなに感動できるってコトがほんとに幸せだっておもってる。                           (R.SASAKI/投稿) 
私のプライベーツに対する思い入れ、良かったら聞いてもらえますか?私は、3年前ある人を好きになりました。その人は美容師なんですけど(ちなみに私も美容師です)バンドもしていて、とても音楽に詳しい人だったんです。私は彼に告白して付き合うようになりました。音楽に少々うとかった私ですけれど、彼は本当に音楽が大好きでいつも私に音楽の話をしてくれました。また私もそんな話を聞くのが大好きでした。でも彼は洋楽志向で、私はいい歌だなとは思うけど歌詞がちんぷんかんぷんでした。(私は歌詞から曲にいく方なんです)そんな時、彼は“プライベーツ聞いてみたら”って私にすすめてくれました。私はプライベーツっていう名前聞くのも初めてでした。そして私は“MONKEY PATROL”を買いました。ドキドキしながら聞いてみて、今までのどんなバンドよりも私は衝撃を受けました。歌詞もメロディーもプライベーツが持ってる独特の雰囲気も何よりも延ちゃんのとっても優しい声に!!
私にとって、それからプライベーツは特別なバンドです。それと彼がギター弾いてうたってくれる“SHERRY”も大好きでした。プライベーツと彼が居てくれて私はとても幸せでした。
でもこの間の7/2に彼と別れることになってしまったんです。2・3日はいくら延ちゃんの声を聞いても、涙がポロポロでてとまらなかったんです。だってプライベーツを教えてくれたのは彼だったから・・・。でも7/4の神戸チキンジョージのLIVEで私はようやく落ち着くことができました。私はあの日のLIVEは私をはげましに来てくれたんだなって信じています。今は私にプライベーツをめぐり会わせてくれた彼にとても感謝しています。今は毎日プライベーツをきいて元気をだしています。プライベーツが心の支えです。プライベーツ大好きです。私のプライベーツに対する気持ち、まだまだいいたいことたくさんあるんですけれど、私の気持ち伝わりますか?                                                                                  (Shoko.T/投稿)  


先日、ある雑誌の延ちゃんのインタビュー記事を読んだんです。IT'S FREEDOM発売の頃のやつで古いものなんだけど改めて読み返してました。それでその雑誌にはまぁいろいろアルバムのことを書いているんですが、SPEAK EASYは退屈だったがこのアルバムでプライベーツのある種のイメージが定着するとかそんな内容でした。で、それに対する延ちゃんの答えやなんかも読んでて、私はむしょうに誰かにそれについて伝えたくてしょうがなかったんです。誰かというのは本当は延ちゃんなんですけど。
でもそのインタビューを呼んで切実に感じたのは「あー延原達治っていう人は本当に純粋にロックが好きなんだ。」ということでした。そう強く感じたことで今回のLIVEを考えると、やっぱり楽しかったってすごく思えるんです。そして今回のLIVEでプライベーツのファンでよかったって安心したんです。なぜだかわからないけど今はそんな気持ちです。                             
(M.NARITA/投稿)
文集を送ってもらって、どうもありがとうございます!読んで感動しちゃいましたよ。いろんな人がいろんな思いで聴いてるんだな・・・という事を知る事ができたのはこの文集のおかげです。全部読み終わって、聴きなれた曲をもう一度新鮮な気持ちで聴きたい!と思いました。目の前に広がる空想の景色も違う・・・と言えば大げさかもしれませんが、違う価値観で聞く事が出来たんですよ!ほんとに、お礼が言いたくなります。ありがとう!!
曲を聴いて泣けるっていうのは、すごくいい事だと思うし、それってもしかして自分にとってHAPPY!!な事なんではないかなぁ・・・。仕事がイヤでTIME WAITS FOR NO ONEや1人ぼっちのバラードで泣いた事がありますが、泣いた後さっぱりするもので割り切った考え方をすることが出来たりしてね。どーんと暗くなった後は“LUCKY MAN”とか“君好き”、今なら新しいアルバムで“恋の一発屋”“BIG BAYOUの想い出”なんかで明るく盛り上がったりなんかして・・・悩んでたのがバカバカしくなる時もあります(笑)。あッそうそう、さっきも言った“目の前に広がる空想の景色”で私のおもしろい話があるんです。「BIG BAYOUの想い出」!!これを聴いた夜、夢を見たんですよ、ビッグバイユーへ行く夢を。なんか沼地がバーンと広がってて、「これがビッグバイユーの想い出と歌われたプライベーツの見たビッグバイユーか・・・。」って泣いちゃってんの。見た事もないのに景色が広がって・・・。あの夢は忘れられません。延ちゃんの書く詞は曲は、っったく不思議な力を持ってますね。そこがPRIVATESの大きな魅力なんですけどね。                                                   (H.NAGAI/投稿)


「1955年、ロックはこの曲から始まった。
ビル・ヘイリー“ロック・アラウンド・ザ・クロック”。映画「暴力教室」のオープニングに使われたこの曲はたちまちティーン
の心をとらえた。体がロックを求めていたのである。若者達は映画館で踊り狂ったという。」

かっくいー。偶然ラジオから流れてきたものを書き取ったんだけど、スゴイ。ある日突然自分の触覚に大きくひっかるものが現われ
て、たちまちのめり込んじゃう衝撃。それも自分1人じゃなくって大勢。街中が急に騒がしくなって、街の映画館じゃ命吹き入れら れたみたいに若者が踊り狂ってる。白黒の時代がその時を境に彩られる。
その、沸き肉踊る感じ、これから何かが始まりそうな、必ず面白くなりそうな、絶対的な予感。それはそれはエキサイティングだっただろう。その場に立ち会っていたかったと、焦がれるほどに思う。自分が今こんなにとりつかれてるものの生まれた時だから。その場にいた人はさぞや嬉しかっただろう。だけど、それから30年余りたって、ロックはいろんなもの身につけた。いろんな風に広がった。すごく、かっこよく、なった。
1955年のその映画館に立ち会いたい気持ちはあるけれど、今のロックンロールを感じながらロックの始まりに思いをはせられること、
幸せだと思う。

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